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熊本地方裁判所 昭和30年(行)3号 判決 1955年6月28日

原告 合資会社伊藤金物店

被告 熊本地方法務局免田出張所長

訴訟代理人 今井文雄 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告会社の自称無限責任社員石母田{古心}の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和三十年一月十四日為した昭和二十九年十二月二十五日付原告の申請に係る合資会社変更同継続の各登記申請を却下した決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求めその請求の原因として「原告会社は無限責任社員伊藤トメ有限責任社員内山西太郎同種村ユキノの三名を社員として昭和二十八年二月十日成立し球磨郡免田町附近における有数の商事会社として繁栄を見るに至つた。然るに同二十九年七月一日右無限責任社員伊藤トメが死亡退社し原告会社は有限責任社員二名のみの会社となつたので商法第百六十二条第一項本文の規定により同日を以て当然解散するの結果に立到つたのであるが右の如き優良な成績を挙げつゝある原告会社としては公的にも私的にも当然その企業の維持が要請せられるので有限責任社員内山西太郎は他の有限責任社員種村ユキノに対し亡伊藤トメの遺命により速かに同人の甥に当る石母田{古心}を無限責任社員として加入させこれにより会社を継続すべき旨を申入れたがトメ死亡後会社財産を横領するなど専横の行為の多かつた同人は容易に之に同調しなかつたので結局昭和二十九年十二月二十三日送達の内容証明郵便を以て最終的に会社継続に同意すべき旨の申入を為したところ同人は翌二十四日正式にこれを拒絶し解散登記を為すべき旨その意向を表明した。よつて商法第百四十七条第九十五条第一項但書の規定により種村ユキノは同日を以て当然退社したものと看做され原告会社の残存社員は内山西太郎一名を残すのみとなつたのであつて、同人は翌二十五日新たに無限責任社員として石母田{古心}を加入せしめたので茲に原告会社は無限責任社員石母田{古心}有限責任社員内山西太郎の二名による構成を以て再発足するに至つたのである。そこで即日原告会社は熊本地方法務局免田出張所に無限責任社員伊藤トメの死亡退社による変更登記並びに無限責任社員石母田{古心}の加入による継続登記の各申請を為したところ被告は昭和三十年一月十四日石母田{古心}の加入は残存社員の一致によらない不適法のものであるとして同人を無限責任社員として為した右登記申請を却下する旨の処分を為した。

しかしながら合資会社の解散並びに継続についても合名会社の解散並びに継続に関する商法第九十四条第九十五条の準用あることは同法第百四十七条の規定に徴し明かであるから、合名会社に関するこれらの規定は合資会社に特有の解散原因と継続とにつき規定した同法第百六十二条の規定と一体をなして適用せらるべく、会社を継続すべきや否やに意見の対立ある場合会社継続に同意しない社員は同法第九十五条第一項但書により退社したものと看做される結果同法第百六十二条第一項但書に所謂残存社員の一致とは結局会社継続に賛成する社員のみの一致を意味するに外ならず、このことは会社の継続を欲し最後迄残存する社員が一名に過ぎない場合でも理論を異にする理由なく会社継続が可能であることは勿論であると謂わなければならない。従つて前記原告会社の有限責任社員内山西太郎が無限責任社員石母田{古心}を加入せしめて為した原告会社の継続はもとより残存社員の一致に欠くるところはなく右石母田{古心}を無限責任社員として為した前記登記申請には何ら不適法の点は在せず当然受理せらるべきものでこれを却下した被告の処分は商法の規定の解釈を誤つた違法のものと謂うべきであるから同処分に対し昭和三十年二月中熊本地方法務局長に異議の申立を為したところ同年三月二十三日附を以て右異議申立は却下せられたので被告の為した前記違法な登記申請却下処分の取消を求める」旨陣述した。

被告指定代理人は本案前の抗弁として本件訴を却下する訴訟費用は石母田{古心}の負担とするとの判決を求めその理由として、本訴において原告会社の代表者なりと称して訴訟を追行する石母田{古心}には何ら原告会社の代表権限は存しない。即ら原告会社がもと無限責任社員伊藤トメ有限責任社員内山西太郎同種村ユキノの三名を以て組織されていた合資会社で昭和二十九年七月一日無限責任社員伊藤トメの死亡退社により解散するに至つたものであり、その際残存社員二名のうち内山西太郎は会社の継続を希望したけれども種村ユキノは結局これに同意しなかつたことは原告の自認するところで原告はかゝる場合に於ても会社継続を希望する内山は之に同意しない種村を退社と看做し新に無限責任社員として石母田{古心}を加入せしめることにより会社継続が可能であるとの前提の下に本訴を提起するに至つたものであるところ商法第百六十二条による合資会社の継続の場合に同法第九十五条第一項但書の準用のないことは右両規定の対照上明かで社員種村ユキノの同意なき限り会社継続に必要な残存社員の一致ということはあり得ず従つて石母田{古心}が原告会社の無限責任社員として加入することは不可能であるから本訴は原告会社の代表権限なきものにより提起せられた不適法の訴として到底却下を免れないと述べ、本案につき原告の請求を棄却するとの判決を求め答弁として被告が原告主張通り原告会社の為した登記申請を却下したこと、これに対し原告がその主張通り熊本地方法務局長に異議申立を為しこれを却下された事実はこれを認めるが右本案前の抗弁において主張したと同一の理由で石母田{古心}が原告会社の無限責任社員たる地位を有しないことは明かであるから同人をその無限責任社員として為した原告会社の本件登記申請は不適法であつてこれを却下した被告の処分には何ら違法の点は存しない。よつてその取消を求める原告の本訴請求は失当であると述べた。

理由

原告会社が昭和二十九年十二月二十五日付を以て熊本地方法務局免田出張所に無限責任社員伊藤トメの死亡による変更登記並びに無限責任社員石母田{古心}の加入による継続登記の各申請を為したところ被告が同三十年一月十四日右石母田の入社並びに之に基く会社継続は残存社員の一致によらない不適法のもので石母田には原告会社代表者としての登記申請資格がないとの理由により右各登記申請を却下する旨の処分を為したこと、これに対し原告が同年二月中熊本地方法務局長に対し異議の申立を為したが同年三月二十三日理由なしとして右申立を却下せられたことは当事者間に争がない。仍て先づ被告の本案前の抗弁につき按ずるに被告は原告会社の無限責任社員と称する石母田{古心}は本来同会社の無限責任社員としての資格を有しないのであるから同人により提起された本件訴は不適法として却下を免かれないと主張するのであるが右はそれ自体原告が本訴に於て主張する請求原因そのものに対する積極否認であつて換言すれば右石母田{古心}が原告会社の無限責任社員として正当な代表権限を有するか否かを判定することは同人により提起された本件訴が適法であるかどうかを決定すると同時に本件訴の請求原因自体理由ありや否やを判断することになるので斯る場合に於ては当然本案の主張として其の当否を判断すれば十分であるから、この意味に於て被告の本案前の抗弁は採用の限りでない。そこで以下本案の問題として原被告の主張につき判断する。原告の主張するところは要するに商法第百六十二条第一項に基く合資会社の継続には残存社員の一致が必要とされてはいるが、その場合にも同法第九十五条第一項但書の規定の準用があつて会社の継続に同意しない社員はすべて退社したものと看做される結果一致とは必然に継続に同意する残存社員のみの一致を意味することに帰着し、従つて会社を継続しようとする社員が一名に過ぎず他の社員全部がこれに反対する場合も右一名のみを以て会社を継続することが当然許されることになるというにあるのに対し被告は第百六十二条第一項に所謂一致とは全員の同意を意味するもので従つて特に一部のみの同意を以て足る旨を明規した第九十五条第一項の但書を準用する余地はないと主張するので先ず商法第百六十二条第一項に依る会社継続の場合における同法第九十五条第一項但書の規定の準用の有無につき検討するに一般に単に「一致」というときはつねに必ずしも反対者皆無の所謂全員一致を意味するものと限らないのであつて、むしろ実際には不当不合理な反対を否定排除し正当な手続により形成された多数者の共同の意思を意味する場合も存しかゝる用法も何ら通常の用語例に反するところはないので商法が同条に続く第百六十三条の合資会社の組織変更の要件として明確に「総社員の同意を以て」と規定し前条の「残存社員の一致」と明かに其の用語を区別しておることに徴しても前記条項に所謂一致を単純に全員一致と同義であるとする被告の見解は文字解釈の上からも当らない。のみならず商法第百六十二条第一項の解散は第九十四条第一、二号所定の一応会社の予定された目的を達成したことによる解散又は総社員の同意による解散の場合と異り残存社員にとつては全く偶発的な事由に基くもので本来会社設立の目的たる企業活動の中途における解散であるから右第九十四条第一、二号の場合よりもその継続が特に強く必要とせられる場合であると謂うべく、若しこの場合の会社継続に残存社員全員の同意を要するものとすれば偶々その間一人でもこれに不同意を唱えるものがあるときは他の総員の意に反して会社は解体清算を余儀なからしめられ、商法の精神とする企業維持の目的は全く没却せられることになるのでかゝる点を考え合わせれば前記条項に所謂一致というのも以上の意味において必ずしも全員の一致を必要とせず残存社員共同の利益に背馳する反対意見には拘束せられることなく多数社員の一致した合理的な意思決定による会社の継続を可能とする趣旨のものと解するのが相当である。而して右の如く解する以上多数者の意思による会社継続に反対する社員が商法第九十五条第一項但書の準用により退社したものと看做さるべきは当然でこの点については社員相互の人的信頼を基礎とする合資会社において社員はその意に反して継続せられた会社に参加せしめられる謂れはなく且つかゝる社員にとつては会社継続と共に退社の取扱を受けさえすれば結局会社が解体清算された場合と全く同一の持分の清算を受け得ることになり残存、退社双方の社員の利益に適合することになるので第百六十二条第一項但書の会社継続の場合には第九十五条第一項但書の規定の準用せられる余地なしとする被告の主張は採用し得ない。

しかしながら原告の主張するところによれば原告会社の継続については残存社員二名の間に会社を継続すべきや否やにつき全くその意見は相対立したというのであるから次にかゝる場合においてもなお原告主張のように会社継続は残存社員中一名のみの単独意思を以てこれに反対する社員をすべて退社したものと看做して遂行し得るものであるかの点につき更に討究するに、本来商法第百六十二条第一項は無限責任社員又は有限責任社員の全員が退社した場合の合資会社の継続を残存社員の一致によらしめることと定めて居り同項に所謂一致とは必ずしも全員の一致を必要としないことは前敍の通りであるが同条項が「残存する社員の一致」なる字句を使用している以上唯一人の社員を残して解散した会社を継続すべき例外の場合は格別然らざる場合はすくなくとも会社継続に関し残存社員過半数の同意を必要とすべく他に会社継続に反対の社員が存するにも拘らずその全員の反対を押切つて唯一人で会社を継続することまで許容した趣旨でないことは明かで、このことは同条による全社継続の場合準用せらるべき同法第九十五条第一項の法意に照しても寧ろ当然のことと謂うべく結局右何れの条項によるも第百六十二条による解散の場合本件の如く残存社員が二名のみで而もその意見が会社継続につき全く相対立した場合には会社継続は不可能であるとするの外なく継続を欲する社員の意思が優先し反対者の意思を排除し得るとの解釈は到底これを導き出すことができない。

原告は其の主張の根拠として同法第九十五条第二項の準用を挙げているのであるが同条項は合名会社の社員が死亡、除名又は退社などの事由により一人となつた場合の会社継続の規定であつて会社継続に反対する社員を同条第一項により、ことごとく排除し改めて新社員を加入させてまで会社継続を認める趣旨でないことは解釈上疑問の余地の存しないところで同法第百六十二条による合資会社の解散に当り前条第二項の準用されるのは先に挙示した例外の場合即ち合資会社の無限責任社員が一人の時有限責任社員の全員が退社した場合又は有限責任社員が一人の時無限責任社員全員が退社した場合のみであつて本件が右例示に当らないことは明かであるから商法第九十五条第二項が本件に準用ありとの原告の主張は全く理由がない。

果して然らば前記石母田{古心}の加入による原告会社の継続が許されないものであることは結局原告の主張する事実関係自体によつて明かであるから同人がその無限責任社員として為した原告会社の本件登記申請は不適法でありこれを受理すべからざるものとして却下した被告の決定にはそれ自体違法の点は存しない。

よつてその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却し訴訟費用は民事訴訟法第九十九条を準用し原告会社の自称無限責任社員石母田{古心}に負担させることとして主文の通り判決する。

(裁判官 浦野憲雄 松本敏男 藤田達夫)

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